春の陽光


ぴちょん、ぴちょん、と軒先から落ちる雫が柔らかな陽射しを受けてキラキラと輝く。

庭一面の銀世界からは緑が顔を出し始めていた。

「今日も良い天気ね」

さて、政宗は大人しく机に向かってるかな?

遊士は湯飲みとお茶菓子が乗った盆を手に、政宗の部屋へと足を進めた。

「政宗、私だけど…」

障子の向こうから入れ、と声が返り、遊士は失礼します、と一言断ってから入室した。

「Good timingだぜ遊士」

くるりと振り返った政宗は助かった、という顔をして笑った。

やっぱり。

その表情に苦笑を浮かべ、政宗の周りに落ちている書簡を踏まないように避けて腰を下ろした。

「また随分溜めたねぇ」

文机の空いた場所に湯飲みとお茶菓子を置く。

「好きで溜めたわけじゃねぇ。勝手に溜まってくんだ。大体こういう作業は俺の性に合わねぇんだよ」

政宗は憮然とした顔で湯飲みに手を伸ばす。

その様子に遊士はクスリと笑った。

「そうだね。政宗は部屋に籠ってジッとしてるより体を動かしてる方が似合ってる」

真剣な眼差しで文机に向かってる姿も凛としていてカッコイイけど、部下達に鍛練をつけている時の方が生き生きとしてて政宗らしい。






政宗は茶菓子を摘まみ、口に放り込むと残った茶菓子をうつわごと遊士に渡した。

「Thanks.もういい」

遊士は茶菓子を受け取りふわりと微笑む。

「ありがと」

いつも政宗はそう言ってお茶菓子をくれるのだ。

素直じゃないんだから。

湯飲みを傾けている政宗の横顔を見つめ、遊士はふふっと笑みを溢した。

「何笑ってんだよ」

「なんでもなーい」

貰ったお茶菓子に手を伸ばし遊士は口に入れた。

ん、美味しい。

もぐもぐと幸せに浸っていれば隣から視線を感じる。

「…?」

なに、と首を傾げて政宗を見ると政宗はふっと口元を緩め笑った。

「何でもねぇ。それより遊士、Hands up」

「……ん?」

政宗が何か言ったが生憎遊士は分からなかった。

政宗が良く使う簡単な単語なら分かるんだけどなぁ。

くーるとか、あーゆーれでぃとか。

不思議そうに首を傾げた遊士に政宗は言い直す。

「ちょっと手ぇ上げてみろ」

手?、と遊士は茶菓子のうつわを持ったまま両手を持ち上げた。

すると、その隙に政宗はごろりと体を倒し、遊士の膝に頭を乗せてきた。

「ちょっ…、政宗!」

「休憩だ。いいだろ?」

そう言った政宗はすでに瞼を下ろしていた。

「……もう、しょうがないなぁ」

遊士はどこか呆れたような、それでいて柔らかい眼差しで政宗を見下ろした。

「少しだけだからね」

「………Ya」

手に持っていたうつわを文机の上に戻し、手を拭くと遊士はその手で政宗の髪へと触れた。

さらさらの茶色がかった黒髪に指を絡めゆっくりとすく。


春の温かな陽射しが部屋の中に入り込んだようにここは温かい。

さらさらと指の隙間から溢れ落ちる髪の感触を楽しむようにゆっくり右手を動かし、遊士は口元を緩めた。

「ねぇ、政宗」

「……ah〜?」

「城の庭にある一番大きな桜の木が満開になったらさ皆でお花見しない?」

「………ん〜」

「料理とかお酒も用意してさ。政宗には敵わないけどもちろん私も料理作るし。ね、どうかな?」

「………………」

「政宗…?」

「………」

何の反応も返ってこなくなって、あれ?と思って政宗の髪をすいていた手を止めて覗き込むと…

「寝てる…」

いつの間にか政宗はすぅすぅと静かな寝息を立てて寝ていた。

あ、目の下にうっすらと隈が出来てる。

昨夜も遅くまで灯りがついてたっけ。

今日も今日でこれだし。

文机の上の書物と自分の周りを見て、遊士は自分の膝に頭を乗せて寝ている政宗に視線を戻した。

一刻たったら起こせばいいよね。

さらり、と止まっていた右手を再び動かし遊士は声量を落として小さく呟いた。

「お疲れさま、政宗」


それきり室内は温かな陽射しと心地好い沈黙に包まれた。



寝息が二つになったのはそれから程なくして…。





end.

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